あれから一年が過ぎた。
「あれ」って何?
…と思う方は、直ちにブラウザの「戻る」ボタンをクリックするのが良いでしょう。
間違いなく、全然興味ない内容です。

…と、言うわけで。

ここは、どこだ。
献花は本日が最終日で、既に現地は花まみれ。

これは、カラーなる花。
生前、彼女が最も好きだった花だとか。

その花が、一体どんだけの本数花が献じられてたか。
生で観たら超壮観だったよ、ホント。
…閑話休題。

去年の明日(何か変な表現だ…)、昼休みにYahoo!のTOPニュース見て、
その瞬間から約1週間ほど完全無欠の廃人に変身を遂げ、
一人で山登りに出掛けたり、その帰り道に高尾〜調布までヨチヨチ歩いたり、
川原の柴に寝そべって徹夜で聴き続けたり。
とにかく、あまりにも女々しい人間性を自認したあの日々。
そっから、無事1年が経過。

特にセンチな感傷に浸るような心境じゃない。
もう十分、自分でも信じられないくらいに葛藤とか、苦悶とか、
そんな感情に浸りまくったから。
じゃあ、何が苦しかったのか。
それは、音楽を失った事。
今まで生きてきた人生の時間、その中でも「青春」と呼べるような時代に、
いつも聴いていたその音楽。
あの頃の自分、あの頃のあの人、あの時あの場所で過ごした時間、
そんなかけがえのない瞬間を、常に彩って、耳にすればたちまちにその刻へ
舞い戻る事が出来る、そんな大切な音楽。
言い換えるならば、人生のBGM。
それが、失われた苦しみ。
過ごして来た時間を全て根こそぎ喪失したような虚無感。

でもそれは、失われたわけではなかった。
残されたものが、確かにまだたくさん、たくさん残されていた。
だから今は、その財産を聴く度にこう思うだけだ。
「ありがとう」
と。

時間の経過で、平穏を得る事ができるだろう。
思い出す事は、確実に少なくなっている事だろう。
だが、失ったわけではない。
心地良いメロディーを耳にすれば。
そして、胸に手を当てて瞳を閉じれば。

…眩しく煌く、あの過ぎ去った日々の風を想い出す事だろう。
「あれ」って何?
…と思う方は、直ちにブラウザの「戻る」ボタンをクリックするのが良いでしょう。
間違いなく、全然興味ない内容です。

…と、言うわけで。

ここは、どこだ。
献花は本日が最終日で、既に現地は花まみれ。

これは、カラーなる花。
生前、彼女が最も好きだった花だとか。

その花が、一体どんだけの本数花が献じられてたか。
生で観たら超壮観だったよ、ホント。
…閑話休題。

去年の明日(何か変な表現だ…)、昼休みにYahoo!のTOPニュース見て、
その瞬間から約1週間ほど完全無欠の廃人に変身を遂げ、
一人で山登りに出掛けたり、その帰り道に高尾〜調布までヨチヨチ歩いたり、
川原の柴に寝そべって徹夜で聴き続けたり。
とにかく、あまりにも女々しい人間性を自認したあの日々。
そっから、無事1年が経過。

特にセンチな感傷に浸るような心境じゃない。
もう十分、自分でも信じられないくらいに葛藤とか、苦悶とか、
そんな感情に浸りまくったから。
じゃあ、何が苦しかったのか。
それは、音楽を失った事。
今まで生きてきた人生の時間、その中でも「青春」と呼べるような時代に、
いつも聴いていたその音楽。
あの頃の自分、あの頃のあの人、あの時あの場所で過ごした時間、
そんなかけがえのない瞬間を、常に彩って、耳にすればたちまちにその刻へ
舞い戻る事が出来る、そんな大切な音楽。
言い換えるならば、人生のBGM。
それが、失われた苦しみ。
過ごして来た時間を全て根こそぎ喪失したような虚無感。

でもそれは、失われたわけではなかった。
残されたものが、確かにまだたくさん、たくさん残されていた。
だから今は、その財産を聴く度にこう思うだけだ。
「ありがとう」
と。

時間の経過で、平穏を得る事ができるだろう。
思い出す事は、確実に少なくなっている事だろう。
だが、失ったわけではない。
心地良いメロディーを耳にすれば。
そして、胸に手を当てて瞳を閉じれば。

…眩しく煌く、あの過ぎ去った日々の風を想い出す事だろう。
少し前に、ふとTVで流れてきた曲。
歌詞を読めば読むほど、鬼気迫る迫力を感じてならない名曲だ。
歌うのは、39歳の新人歌手。
奥様と四人のお子さんを持つ身である。
音楽を志した若年の頃、その夢破れて会社員として日々を送っていた彼は、
27歳で結婚し、家庭を築いた。
野心溢れるあの頃の事を思い出す事なく、日々忙しくも充実した、起伏に富んだ
幸せな毎日を過ごしていた。
ある時の事だ。彼は、喉の病気で入院、手術を余儀なくされる。
困難な手術であり、術後の経過次第では、一生声を失って暮らさなければならない。
そして、その時、彼は思い出した。
若かったあの頃の夢を。
「この困難を乗り越える事が出来たら、もう一度あの頃の夢を追い掛けてみたい」
最初は大いに反対されたと言う。
しかし、彼の熱意に、家族の気持ちは次第に傾いて行った。
同志とも呼べる、古い友人の曲を必死に歌い続け、トレーニングを重ねた末、
オーディション番組へのエントリーを完了させた。
しかし、そこで審査員から下された判定。
「家族の居る貴方を、不安定なこの世界に招き入れようとは思えない」
この拒絶に対して、彼は一層、情熱を燃やす事となる。
ワンフレーズしかなかった曲をフルコーラスに仕上げ、再び挑んだオーディション。
そして、審査員から下された言葉。
「この一曲だけでも世に伝えたい。貴方の手で、この曲を歌って欲しい」
かくして彼は、プロの歌い手としてデビューを飾る。
39歳と言う年齢でなければ、きっとこの曲を歌い上げる事は出来なかっただろう。
余りにも表現が困難な一曲。
それを何気なく聴いたあの日、俺は知らずに目頭を熱くしていた。
「home」
うちは夫婦二人の家庭だ。
こどもは、居ない。
だが、何故か知っているこの感情。
父である人、父であった人、これから父になる人。
娘である人。娘であった人。
誰もに聴いて欲しいと思う。
木山裕策「home」。
時間がない人は、三番目の動画だけで十分かと。
一応、とても素敵な企画なので、ヒマがあれば全部見てもらいたいものだ。
<1>6分3秒
<2>8分53秒
<3>5分39秒
<1>
<2>
<3>
========================
home
作詩:多胡邦夫
作曲:多胡邦夫
晴れ渡る公園で 不意に僕の手を握り返した
その小さな手で 僕の身の丈を一瞬で包んでしまう
君がくれた 溢れるほどの幸せと 真っ直ぐな愛を
与えられてるこの時間の中で どれだけ返せるだろう
帰ろうか もう帰ろうよ 茜色に染まる道を
手を繋いで帰ろうか 世界に一つだけ my sweet home
変わっていく君のスピードに 近頃は驚かされるよ
嬉しくもあり 何故か寂しくも ゆっくり歩いていこう
あどけない君の笑顔も 何か企んでる仕草も
そう 全部が宝物だよ 世界に一つだけ my sweet home
不思議な事に 君を愛しく思えば思うほど
パパのパパや パパのママに 本当に有難うって言いたくなるんだ
帰ろうか もう帰ろうよ 茜色に染まる道を
手を繋いで帰ろうか 世界に一つだけ my sweet home
何時も 何時の日も ありがとう
========================
■ 禿しく勧められたので、珍しく某巨大SNSの日記より転載 ■
■ てゆうか、サーバー不調で画像がうpできないんだぉぉ〜。。。 ■
歌詞を読めば読むほど、鬼気迫る迫力を感じてならない名曲だ。
歌うのは、39歳の新人歌手。
奥様と四人のお子さんを持つ身である。
音楽を志した若年の頃、その夢破れて会社員として日々を送っていた彼は、
27歳で結婚し、家庭を築いた。
野心溢れるあの頃の事を思い出す事なく、日々忙しくも充実した、起伏に富んだ
幸せな毎日を過ごしていた。
ある時の事だ。彼は、喉の病気で入院、手術を余儀なくされる。
困難な手術であり、術後の経過次第では、一生声を失って暮らさなければならない。
そして、その時、彼は思い出した。
若かったあの頃の夢を。
「この困難を乗り越える事が出来たら、もう一度あの頃の夢を追い掛けてみたい」
最初は大いに反対されたと言う。
しかし、彼の熱意に、家族の気持ちは次第に傾いて行った。
同志とも呼べる、古い友人の曲を必死に歌い続け、トレーニングを重ねた末、
オーディション番組へのエントリーを完了させた。
しかし、そこで審査員から下された判定。
「家族の居る貴方を、不安定なこの世界に招き入れようとは思えない」
この拒絶に対して、彼は一層、情熱を燃やす事となる。
ワンフレーズしかなかった曲をフルコーラスに仕上げ、再び挑んだオーディション。
そして、審査員から下された言葉。
「この一曲だけでも世に伝えたい。貴方の手で、この曲を歌って欲しい」
かくして彼は、プロの歌い手としてデビューを飾る。
39歳と言う年齢でなければ、きっとこの曲を歌い上げる事は出来なかっただろう。
余りにも表現が困難な一曲。
それを何気なく聴いたあの日、俺は知らずに目頭を熱くしていた。
「home」
うちは夫婦二人の家庭だ。
こどもは、居ない。
だが、何故か知っているこの感情。
父である人、父であった人、これから父になる人。
娘である人。娘であった人。
誰もに聴いて欲しいと思う。
木山裕策「home」。
時間がない人は、三番目の動画だけで十分かと。
一応、とても素敵な企画なので、ヒマがあれば全部見てもらいたいものだ。
<1>6分3秒
<2>8分53秒
<3>5分39秒
<1>
<2>
<3>
========================
home
作詩:多胡邦夫
作曲:多胡邦夫
晴れ渡る公園で 不意に僕の手を握り返した
その小さな手で 僕の身の丈を一瞬で包んでしまう
君がくれた 溢れるほどの幸せと 真っ直ぐな愛を
与えられてるこの時間の中で どれだけ返せるだろう
帰ろうか もう帰ろうよ 茜色に染まる道を
手を繋いで帰ろうか 世界に一つだけ my sweet home
変わっていく君のスピードに 近頃は驚かされるよ
嬉しくもあり 何故か寂しくも ゆっくり歩いていこう
あどけない君の笑顔も 何か企んでる仕草も
そう 全部が宝物だよ 世界に一つだけ my sweet home
不思議な事に 君を愛しく思えば思うほど
パパのパパや パパのママに 本当に有難うって言いたくなるんだ
帰ろうか もう帰ろうよ 茜色に染まる道を
手を繋いで帰ろうか 世界に一つだけ my sweet home
何時も 何時の日も ありがとう
========================
■ 禿しく勧められたので、珍しく某巨大SNSの日記より転載 ■
■ てゆうか、サーバー不調で画像がうpできないんだぉぉ〜。。。 ■
さて、三日坊主になっては仕方がないので、何か書こう。
…。
……。
………。
うん、ネタがない。自己紹介っつってもなぁ。。。
とりあえず、カメラの話でもしてみよう。
去年の年末に、NikonのD40なるデジタル一眼レフカメラを購入した。
「買おう!!」と決意してからかな〜りの紆余曲折があったわけだけど、人間色々と悩むもんよ。しかも、他人から見りゃぁホントにちっぽけな事でな。
とは言いながら、1,000円とかで簡単に手に入るものじゃない。価格が云々以前の問題とし、色々と使い道があるものだけに、
ホントに必要なのかどうか。
どんな機能が必要なのか。
期待できる成果は何か。
それに対する代価として、適切な金額なのか。
まあ、色々考えるわけで。空から札束でも降ってこない限り、買い物する時に誰もが多かれ少なかれ考える事でない?
で、物を買うということは。これが今回の主題かな。
某氏のBlogから半分以上はパクリになっちゃうけど、その「物」への代価と言うよりは、その「物」を得た事によって期待できる幸福感、満足感への投資。これが、買い物の正体なんじゃないかと思ったりする。
日々の買い物は、必要性に基いたもの。従って、これは必要不可欠な出費として割り切って考えている。
でも、例えば昼飯を食うにしても、「超、牛丼が喰いて〜!!」て思ってる時に、同じく500円払うんだったら、適当な定食のランチ食べるよりも、牛丼の食べた方が圧倒的に満足感を得られる可能性が高い。
よって、その支払い(500円)を払った後の事を知らずのうちにイメージして、牛丼を食べに行く事だろう。人間そんなもの。
日々の買い物同様、昼食の費用も必要経費。でも、それら必要経費の中で済ませる支払いにだって、こんな感じの取捨選択は絶対に含まれている訳だ。
そこで、今回の買い物。
これって、明確に必要経費じゃないじゃんか。
でも、買いたい。
…何で?
それは、簡単な事。
買ったらたぶん、この先充実とか、満足とか、「楽しい」って感覚に繋がる経験が沢山出来るであろうから。
でも、そこに辿り着くまでには、ある程度のお金を払わなきゃいけない。
今の生活環境が根底から崩壊するような金額なら、絶対に買わないし、買おうとも思わないだろう。
今の環境が少し苦しくなるとすれば、その予期できる苦痛と、今後訪れるであろう経験を秤に掛けて取捨選択するであろう。
今の環境が殆ど変わらずに買えるのならば、即決で買うであろう。
自分の場合、真ん中かな。
毎月の小遣いは限られていて、ウチの予算は嫁に預けてある。よって、基本的に自分で処理しなきゃいけない。その中で賄いきれるのか?が最大の焦点。
他にももっと高い、性能の良いカメラがあったんだけどね。
ウチの先生が薦めてた「D80」なんか、絶対にD40買うよりもいい買い物になるだろうし。
でも、これに決めた理由は簡単。
取捨選択をして、最も自分にとってメリットのある道を選んだだけの事。
だから、いい買い物だったよ。D40。
これからどれだけ世話になるんだろうか?

一番奥のやつが「D40」ね。
この写真撮ったのはコンパクトデジカメの「RICOH Caplio GX」ってやつ。ちょっと古いけど、スナップ撮影には最適なデジカメ。
…カメラ、面白いね!!
…。
……。
………。
うん、ネタがない。自己紹介っつってもなぁ。。。
とりあえず、カメラの話でもしてみよう。
去年の年末に、NikonのD40なるデジタル一眼レフカメラを購入した。
「買おう!!」と決意してからかな〜りの紆余曲折があったわけだけど、人間色々と悩むもんよ。しかも、他人から見りゃぁホントにちっぽけな事でな。
とは言いながら、1,000円とかで簡単に手に入るものじゃない。価格が云々以前の問題とし、色々と使い道があるものだけに、
ホントに必要なのかどうか。
どんな機能が必要なのか。
期待できる成果は何か。
それに対する代価として、適切な金額なのか。
まあ、色々考えるわけで。空から札束でも降ってこない限り、買い物する時に誰もが多かれ少なかれ考える事でない?
で、物を買うということは。これが今回の主題かな。
某氏のBlogから半分以上はパクリになっちゃうけど、その「物」への代価と言うよりは、その「物」を得た事によって期待できる幸福感、満足感への投資。これが、買い物の正体なんじゃないかと思ったりする。
日々の買い物は、必要性に基いたもの。従って、これは必要不可欠な出費として割り切って考えている。
でも、例えば昼飯を食うにしても、「超、牛丼が喰いて〜!!」て思ってる時に、同じく500円払うんだったら、適当な定食のランチ食べるよりも、牛丼の食べた方が圧倒的に満足感を得られる可能性が高い。
よって、その支払い(500円)を払った後の事を知らずのうちにイメージして、牛丼を食べに行く事だろう。人間そんなもの。
日々の買い物同様、昼食の費用も必要経費。でも、それら必要経費の中で済ませる支払いにだって、こんな感じの取捨選択は絶対に含まれている訳だ。
そこで、今回の買い物。
これって、明確に必要経費じゃないじゃんか。
でも、買いたい。
…何で?
それは、簡単な事。
買ったらたぶん、この先充実とか、満足とか、「楽しい」って感覚に繋がる経験が沢山出来るであろうから。
でも、そこに辿り着くまでには、ある程度のお金を払わなきゃいけない。
今の生活環境が根底から崩壊するような金額なら、絶対に買わないし、買おうとも思わないだろう。
今の環境が少し苦しくなるとすれば、その予期できる苦痛と、今後訪れるであろう経験を秤に掛けて取捨選択するであろう。
今の環境が殆ど変わらずに買えるのならば、即決で買うであろう。
自分の場合、真ん中かな。
毎月の小遣いは限られていて、ウチの予算は嫁に預けてある。よって、基本的に自分で処理しなきゃいけない。その中で賄いきれるのか?が最大の焦点。
他にももっと高い、性能の良いカメラがあったんだけどね。
ウチの先生が薦めてた「D80」なんか、絶対にD40買うよりもいい買い物になるだろうし。
でも、これに決めた理由は簡単。
取捨選択をして、最も自分にとってメリットのある道を選んだだけの事。
だから、いい買い物だったよ。D40。
これからどれだけ世話になるんだろうか?

一番奥のやつが「D40」ね。
この写真撮ったのはコンパクトデジカメの「RICOH Caplio GX」ってやつ。ちょっと古いけど、スナップ撮影には最適なデジカメ。
…カメラ、面白いね!!